テクニカルインフォメーション
電気泳動・ブロッティング用電源
アトーで最初に電源を開発したのは 1964 年に遡ります。ろ紙電気泳動に使用する電源でした。当時の電源はトランスと真空管を使ったアナログメーター表示のタイプで、ボリュームを回してメーターを見ながら希望する電流あるいは電圧を設定していました。その後はマイコンの普及によって電源はデジタル化されてきています。しかし、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、ウェスタンブロッティングなどの様々な用途に対応できる汎用電源のデジタル化では、例えば最大出力電流を 3 A として最小の出力として 1 mA を表示するにはアナログ電源にはない難しさがあります。本稿では、タッチパネルコントローラーを搭載した汎用デジタル電源の長所を解説することにします。
アトー社製初代電源 (1964年)
電源とは?
電源とは、簡単に言えば、電気エネルギーの供給源です。電気エネルギーの供給源(電源)としては、 2 種類あります。それが交流電源 (AC) と直流電源 (DC) といわれるものです。
交流電源
ご家庭でのコンセントから得られるものです。交流とは︖ と聞かれて即答はなかなか難しいものです。では良く言われる東日本は AC 100 V,50 Hz(西日本は 60 Hz) です。簡単に表現すれば、図 1 のコンセントに示す様に差し込み口の電気の流れが青色の矢印のように左から右に流れ、その後、赤色の矢印のように右から左に流れます。これを 1 秒間に50 回繰り返します。これが交流(AC)の基本となります。
便宜上、コンセントの青色の方向を示す流れをプラス、赤色は逆に流れるのでマイナスと表現し、図 2 のサイン波のように交流電圧波形となります。
直流電源
直流電源の代表的なものは電池です(図7)。一般的な乾電池は 1.5V の電圧で、電圧の変化が無く一定の電圧を出力します(図8)。
家電製品で使われるリモコンなどは、制御用半導体(マイコン)が 3V で動作します。つまり、乾電池を 2 個直列接続することで 3V が用意でき、動作可能となります。これが携帯機器の電源となりえる由縁です。電源を交流電源とする電気製品は、AC100 V の交流電源から直流の 3V を作りだし制御用半導体を動作させます。例えば大型家電の洗濯機などは、制御用半導体系と動力系に供給する 2 系統の電源を内部で用意することになります。
いままで説明してきた電池のような直流電源は固定した電圧です。しかし、電気製品の開発者は、固定電圧の制約によって、思うように開発が進められません。そのために、直流電圧を任意に出力設定できる電源が開発されました。これが直流安定化電源です。現在はこのような便利な電源が電源メーカより多数販売されています。直流電源回路図の例を図 9 に示します。
では、直流安定化電源と電気泳動電源は、どこが違うのでしょうか。
日本では AC 100 V と言われていますが、実効値100 V のことを示しています。電気回路の応用で、マイナス側をプラス側に変換が可能です。これを全波整流と言い、141 V を V peak とします(図2)。
電圧を 2 乗したものを(図 4)平均化してルートすると、図 5 の様に直流 100V が得られます。これが AC100V と呼ばれる由縁です。
式としては、実効値= Vpeak / √ 2 で表すことが可能です。
図 6 が交流回路図の例です。
ちょこっと豆知識
なぜ家庭用の電源は交流なの?
交流の方が直流に比べて、伝送路が長くても送電損失が少ないことからです。たとえば、送電限界は、300km 程度と言われています。そのため東京で使用する電気は、 300km 程離れている新潟県、福島県に発電所が多いのです。
電気泳動・ブロッティング用電源とは
電気泳動用の電源は電気泳動に特化した直流電源で、高電圧と高電流が要求されます。主な使用目的は、電気泳動とブロッティングです。
電気泳動
電気泳動では、電気泳動するゲルの枚数と厚さ、および緩衝液の種類によって電圧、電流、または電力が決定されます。一般的なタンパク質の電気泳動は、泳動が進むにつれて、ゲルの緩衝液中の移動度の速い塩化物イオンが、電極緩衝液中の移動度の遅いイオン(グリシンやトリシンなど)によって置換されます。こうして徐々にゲルの抵抗が高くなるために高電圧が要求され、それを満足する電源を用いることが必要になります。
電気泳動・ブロッティング用電源
ブロッティングでは、ゲルの厚さ方向に通電するため、電極間の距離は電気泳動より短く、必要とされる電圧も低くて済みます。しかし、ブロッティングの面積は広いので高電流の出力が必要です。ブロッティングにおける電源の必要条件は電極の大きさと転写緩衝液成分の移動度に依存します。電気泳動では緩衝液中のイオンが陽極と陰極に向かって移動するにつれ電流が低下しますが、ブロッティングではゲルの大きさと転写緩衝液成分の移動度に比例して電流が多くなります。したがって、高電流出力の電源を用いることが重要です。
電気泳動用電源に必須の機能
オーバーシュートの対応
一般の電源メーカが提供する直流安定化電源は、DC0V から DC12V 程度、最大でも DC48V 程度といったところです。理由としては、先に説明した通り電気製品の制御系の電子部品の動作電圧範囲を十分に網羅しているからです。直流安定化電源の出力を設定し、電源を投入すれば直ちに出力します。その際に、オーバーシュートが発生する可能性がありますが、電圧が低い場合はあまり気にする必要はありません。しかし、電気泳動の開始直後にオーバーシュートが発生すると電源内部の電子部品が損傷するおそれがあります。ゲルに対しても良い影響はありません。その回避のため、電気泳動の電源は図 10 の実線の様に電圧の立上がりを制御し緩やかに上昇させることで、オーバーシュートの発生を防いでいます。
高電圧と高電流の両立
WSE-3100 PowerStation Ghibli I は、電圧が DC0V から DC500V、電流が 0mA から 3000mA、電力が 0W から 200W の範囲でそれぞれの出力を設定できます。通常のタンパク質の解析では、電気泳動とブロッティングを行う場合は専用の電源を準備することになります。その理由は、「ブロッティングが高電流を必要とする電源」であるのに対して「電気泳動が高電圧を必要とする電源」であり、高電流高電圧を両立させるのは非常に難しい技術だからです。PowerStation Ghibli Ⅰ はこの難しいとしている双方の対応を可能にした電源です。
操作性の向上
WSE-3100 PowerStation Ghibli I は、業界初のタッチパネル付きカラー液晶画面の搭載によって、電圧・電流・電力・時間設定の操作性を大幅に向上させることができました。また電気泳動中はリアルタイムに電圧、電流の変化をグラフ表示でき、電気泳動中の異常の有無をいち早くチェックすることができます。
シリーズ別 | 電源搭載型電気泳動装置 /電源 |
出力電圧設定 | 出力電流設定 | 出力電力設定 | モード |
---|---|---|---|---|---|
ポリアクリルアミドゲル電気泳動装置 (スラブ型PAGE) |
なし | 10.5 mA / 21 mA | 24 W |
定電流 |
|
10.5 mA / 21 mA / 42 mA | |||||
ディスクゲル等電点電気泳動用の 電源一体型電気泳動装置 |
50 V/100 V/300 V/600 V/900 V | なし | なし | 定電圧 | |
アガロースゲル電気泳動装置 (サブマリン型) |
50 V/100 V/150 V | ||||
18 V/25 V/35 V/50 V/70 V/100 V/135 V | |||||
電源装置 小型/軽量タイプ |
1 V~300 V定電流 (1 Vステップ) |
1 mA~400 mA (1 mAステップ) |
定電圧 |
||
1 V~500 V (1 Vステップ) |
1 mA~200 mA (1 mAステップ) |
||||
電源装置 多機能/高仕様タイプ |
3 V~500 V (1 Vステップ) |
10 mA~3000 mA (1 mAステップ) |
1 W~200 W (1 Wステップ) |
定電圧 定電流 定電力 |
|
10 V~1000 V (1 Vステップ) |
1 mA~500 mA (1 mAステップ) |
1 W~200 W (1 Wステップ) |
|||
10 V~150 V (1 Vステップ) |
10 mA~3000 mA (1 mAステップ) |
1 W~200 W (1 Wステップ) |
定電圧/定電流/定電力モード
電気泳動を行う際に、電気を印可する方法として 3 つのモードがあり、それぞれの設定方法について説明します。
- 定電圧モード︓ 出力電圧を一定に保ちながら電気泳動するモードで電気泳動が進むに従い、電流、電力が変化します。
(例)WSE-3100 PowerStation Ghibli Ⅰ は 3V ~ 500V の間で1V 刻み設定が可能。 - 定電流モード︓ 出力電流を一定に保ちながら電気泳動するモードで電気泳動が進むに従い、電圧、電力が変化します。
(例)WSE-3100 PowerStation Ghibli Ⅰ は 10mA ~ 3000mA の間で 1mA 刻み設定が可能。 - 定電力モード︓ 出力電力を一定に保ちながら電気泳動するモードで電気泳動が進むに従い、電圧、電流が変化します。
(例)WSE-3100 PowerStation Ghibli Ⅰ では 1W ~ 200W の間で 1W 刻み設定が可能。
CV/CC/CWの設定値の考え方
電気泳動では、次の重要な2つの式(オームの法則、電力を求める公式)があります。
オームの法則
電圧 = 電流 × 抵抗 ・・・・・・・・・・・・・・・(1)
上記式から
電流 = 電圧 ÷ 抵抗 ・・・・・・・・・・・・・・・(2)
抵抗 = 電圧 ÷ 電流 ・・・・・・・・・・・・・・・(3) が成り立ちます。
電力を求める公式
電力 = 電圧 × 電流 ・・・・・・・・・・・・・・・(4)
上記公式とオームの法則から
電力 = ( 電流 × 抵抗 )× 電流
= ( 電流 )2 × 抵抗 ・・・・・・・・・・・・・(5)
または、
電力 = 電圧 × 電流
= 電圧 × ( 電圧 ÷ 抵抗 )
= ( 電圧 )2 ÷ 抵抗 ・・・・・・・・・・・・・(6) が成り立ちます。
一般的な電気泳動では、移動度の速い塩化物イオンが、ランニング緩衝液中の移動度が遅いイオン(グリシンやトリシンなど ) によって置換されます。その結果、電気泳動が進行するにつれ抵抗が徐々に上昇します。
定電圧モード
通常は定電圧の設定をお勧めします。これには二つの理由があります。ひとつは定電圧を用いることにより抵抗の増加に応じて電流(式 2 を参照)と電力(式 6 を参照)が減少する点です。電力 (発熱) も減少するので、電気泳動が進行するときの安全域が確保できます。もうひとつは泳動するさせるゲルの数 (または厚さ) とは無関係に同じ電圧設定を用いることができる点です。これは定電流や定電力で電気泳動する場合には当てはまりません。
例えば、この電気泳動の内容をグラフにすると、電圧が一定の時、抵抗は上昇、電流は降下、電力は降下となり、図11 のグラフの様になります。定電圧は 300V、定電流は最大値の 3000 mA、定電力は最大値の 200W まで設定が可能です。
設定値の注意として
定電圧モードで電圧値を設定しても、定電流の設定値、定電力の設定値が制限値として扱われます。図 11 の例は、定電圧の設定値を 300V、本来、電力が 35W まで上昇するアプリケーションですが、電力設定値を 30W と入力すると電力の制限値とされ 30W で頭打ちとなります。このように電力制限が起きると電圧も設定値に届かず頭打ちとなります。その結果、定電圧値の 300V に到達すること無く、低い電圧で電気泳動をすることになります。図 12 にその例を示します。
状況Ⓐ︓電力制限の 30W により、電圧上昇の停止。抵抗値の上昇が続くため、電流が低下します。(定電力モードで動作)
状況Ⓑ︓抵抗値の上昇により電力制限の 30W で電圧上昇に移ります。(定電力モードで動作)
状況Ⓒ︓さらに抵抗値が上昇すると電力制限の 30W を超えることが無くなり、電圧値が設定値の 300V の定電圧モードに入ります。
これでは、設定したタイマー時間が同じであれば電気泳動は、途中で終了となります。
電力設定値を最大値の 200W としておけば、35W に上昇するところが可能となります。
以上のことから、正しい電気泳動を行うには、各設定値に注意を払うことが必要です。
WSE-3100 PowerStation Ghibli Ⅰ では
電圧値、電流値をリアルタイムでグラフ表示を確認することができます。そのためゲル調製や電極用緩衝液の処方などに誤りがあれば、直ぐに気づくことが可能です。
電気泳動の履歴として過去の 100 個の電気泳動のログが残されており、いつでも液晶画面でグラフ表示の確認ができます。具体的にPowerStation Ghibli Ⅰ では、時間を横軸とし電圧と電流の変化のグラフ表示が可能です。抵抗値、電力値(発熱)は先の数式で算出可能です。
定電流モード
定電流設定を用いると、泳動中に抵抗が増加するにつれ、必要条件 「電圧 = 電流 x 抵抗」 を満足させるために電圧が上昇します。電圧に制限を設けずに接触不良などの欠陥が生じると、極めて局所的に高抵抗になると(電圧=電流×抵抗より)電圧が急激に上昇します。その結果、過剰に発熱してゲルや装置が損傷を受けることがあります。定電流条件で電気泳動を行なう際は、電源の電圧を電気泳動中に到達すると予想される最高電圧、あるいはそれより少し上に制限しておくことが重要です。
上記の内容をグラフにすると、電流が一定の時、抵抗が上昇、電圧が上昇、電力が上昇となり、図 15 の様になります。 PowerStation Ghibli Ⅰ は、電圧制限、電力制限を別々に設定することが可能です。定電流モードで、電圧制限を設定することで破損することを回避することが可能です。もし電圧制限が機能した場合、定電圧モードに移行します。
定電力モード
定電力を用いると電流が減少するにつれ電圧は上昇しますが、システムが発生する発熱の総量は一定です。
しかし、万一ゲルの一部分に破損があると、その部分での高抵抗のため高く発熱することがあります。
このように電圧を制限していない高電圧電源を用いると、ゲルや装置が大きく損傷することがあります。
上記の内容をグラフにすると、電力が一定の時、抵抗は上昇、電圧は上昇、電流は降下となります。
注意すべきこと︓
★定電圧モードで電圧値を設定しても、定電流の設定値、定電力の設定値は、制限値として使われますので注意してください。
★定電流モードで電流値を設定しても、定電圧の設定値、定電力の設定値は、制限値として使われますので注意してください。
★定電力モードで電力値を設定しても、定電圧の設定値、定電流の設定値は、制限値として使われますので注意してください。
電源の接続方法は定電流/定電圧/定電力モードに関係なく同じで、陽極と陽極、陰極と陰極を接続します。電源の仕様により、使用可能なモードや設定条件が異なりますのでご注意ください。
PowerStation Ghibri I
① CV モード(定電圧モード 測定結果 履歴読み出し例)
② CC モード(定電流モード 測定結果 履歴読み出し例)
③ CW モード(定電力モード 測定結果 履歴読み出し例)
測定結果の近々の 100 個の履歴の記録を保持。いつでも履歴の内容を液晶ディスプレーに表示が可能です。電気泳動で問題等があった場合、本人、第三者により電気泳動の検証・解析が可能です。各モードでの電気泳動履歴を表示した例を提示します。
横軸が時間(35 分)となり、電圧の変化、電流の変化がグラフ表示されます。
また、電気泳動の際の開始時、終了時、最大時、最小時の電圧値、電流値、電力値、および 泳動時間の記録を確認することが可能です。
横軸が時間(60 分)となり、電圧の変化、電流の変化がグラフ表示されます。
また、電気泳動の際の開始時、終了時、最大時、最小時の電圧値、電流値、電力値、および 泳動時間の記録を確認することが可能です。
横軸が時間(45 分)となり、電圧の変化、電流の変化がグラフ表示されます。
また、電気泳動の際の開始時、終了時、最大時、最小時の電圧値、電流値、電力値、および 泳動時間の記録を確認することが可能です。
安全機構について
PowerStation Ghibli Ⅰ の装備する安全機能を紹介します。
(1) 短絡検出
出力時に負荷の短絡を検出した場合、液晶にエラー表示し、出力を停止します。
(2) 急激な負荷変動
出力時に急激な負荷変動が検出した場合、液晶にエラー表示し、出力を停止します。
(3) オープン検出
出力時に負荷のオープンを検出した場合、液晶にエラー表示し、出力を停止します。
(4) 過電力検出
出力時に電流が異常に上昇し電力過剰を検出した場合、液晶にエラー表示し、出力を停止します。
(5) 供給電圧不足検出
AC 電源が 85V 以下を検出した場合、電力消費を抑えるため液晶表示を停止し、その時の設定状況、ログなどをバックアップします。
(6) ファン停止検出
内部の冷却としてファンが機能しています。ファンの停止を検出した場合、液晶にエラー表示し、出力を停止します。
(7). 内部温度上昇検出
内部の温度上昇を検出した場合、液晶にエラー表示し、出力を停止します。
などの安全検知機能を有しております。エラー表示は電源オフで解除され、再び電源投入しログを確認することでエラーの詳細状況を把握すること可能です。